SABED環境設計シミュレーション賞の社会人部門・チャレンジ部門が設けられ7回目となる今回,社会人部門の応募は3作品,チャレンジ部門の応募は1作品となった。
社会人部門の応募3作品はそれぞれ特徴があり,受賞作品の選定は難航したが,最終的に1作品に最優秀賞を送ることになった。最優秀賞を受賞した作品は,製薬会社の見学エリアを伴う工場施設であり,見学者は工場内部の状況をよく観察でき,同時に工場内作業者は生産エリアから外部の眺望を確保できることを狙ったものである。外部眺望を確保するための窓の位置,ガラスの反射率,内装仕上げ材の色などを変動要因とした視環境のシミュレーションを実施し,その最適な組み合わせを探索している。実物件を対象にシミュレーションの目的を絞ったリアルな検討が評価された。
チャレンジ部門の応募作品は,小学校を例に機械学習を自然換気の有効利用に繋げる試みであり,優れた提案であることから最優秀賞を贈ることになった。固定された開口条件で外部風速,風向が変動した場合のCFDを実施し,適当な量の教師データが準備できればかなりの精度で教室温度の予測が可能となることを検証している。この方法を展開していけば,外部気象条件に対する最適な開口条件の提示やさらに運用時のデータに基づく予測精度の向上など,様々な発展の可能性があることを指摘している。
今回の受賞作以外の応募作品も,特徴があって優劣をつけるのは困難であった。今後も,社会人ならではのユニークな作品の応募に期待したい。
SABED代表理事 倉渕 隆
社会人部門 最優秀賞
◆高田製薬株式会社 北埼玉工場2号棟
森 知史(株式会社竹中工務店 東京本店 設計部 設計第1部門 設計4グループ 主任)
梅原 豊(株式会社竹中工務店 東京本店 設計部 設計第4部長)
中楯 哲史(株式会社竹中工務店 東京本店 設計部 設計第4部門 設計2グループ長)
<作品評>
・意匠
工場における従業員の労働環境の改善と、見学者の良好な鑑賞環境の獲得という、利害が衝突する二つの目的に空間的解決を与えたプロジェクト。明解な目標設定と、的確なシミュレーション技術の活用により、社会人部門に相応しい、着実な成果を実現している。なにより、工場という閉じられたビルディングタイプを、開かれた空間としてデザインしようとした意欲に大いに共感する。(安原)
・意匠
執務者の外部に向けた眺望の確保と施設見学者の内部に向けた眺望の確保というトレードオフの関係となる2つの事象を、外装ガラスの位置や内装仕上反射率など、複数のパラメータを変化させながら最適解を導き出した意欲作である。スケジュールやコスト、様々なステークホルダーとの調整といった制約が大きい実プロジェクトにおいて、複数回にわたる丁寧な解析の実施と設計へのフィードバックが行われたことも高く評価できる。生産エリアから外部を見た時の照明器具などの写りこみや、眺望確保を目指すためのガラス方立の数、寸法、壁フトコロの寸法の調整などさらに意匠的に工夫できた点はありそうだが、検討事項の優劣を整理しながら設計検討にシミュレーションを組み込んだ姿勢も評価に値する。(谷口)
・光
室内外の眺望というテーマに対して、新たな数値的目標を既往研究から自ら構築していること、また何よりもその検証過程が光環境的視点からも納得のいくものになっていること、さらにその検討の結果が実際の設計に自然に結びついていることなどの点から、非常に高く評価できる作品となっている。数値的基準に対する深い理解のないままに既存の指標を何となく使用して環境設計を進めている例も数多く見受けられる中で、本作品は視環境に関する正確な考察を元に指標そのものを検討しており、その結果として、これまでの応募作品の中でも類を見ないものとなっていた点も高く評価できよう。(吉澤)
社会人部門 優秀賞
◆Balcony_study
尾形 仁美(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:音解析)
樫村 奈美(株式会社日建設計 DEL部(SDL) 担当:人流解析)
金子 知弘(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:エネルギー解析・CFD解析・賃料検討)
平田 裕信(株式会社日建設計 DEL部(SDL) 担当:火災解析)
柳川 和慶(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:光解析)
サポートメンバー
青木 亜美(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:音解析)
井上 瑞紀(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:音解析)
海宝 幸一(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:光検討)
永瀬 修(株式会社日建設計 環境デザイン室 担当:CFD解析)
<作品評>
・熱
ほとんどのマンションに必ず備わっていながら、その効果や環境性能について検証される機会が少ないバルコニーについて、気流や熱・光の検討にとどまらず、騒音・排煙・延焼・避難計画にいたるまで、きわめて幅広い要素について様々なシミュレーションを駆使した秀作である。審査においては、検討範囲の幅広さが評価される一方で、環境シミュレーションにより形態がどのように変化したのか、より明確であればさらに評価できるとの意見があった。実設計に役立つ結果も多く盛り込まれており、環境性能向上が遅れがちなマンション設計に新風を吹き込むことを期待される。(前)
◆めぐりめぐる湯の花小屋 〜湯けむりに集まる暮らし〜
中川 聡一郎(株式会社竹中工務店 九州支店 設計部設備1グループ)
金井 里佳(株式会社竹中工務店 九州支店 設計部設備1グループ)
川崎 亮(株式会社竹中工務店 九州支店 設計部設備1グループ)
永松 裕子(株式会社竹中工務店 九州支店 設計部設備1グループ)
篠原 尚生(株式会社竹中工務店 九州支店 設計部設備1グループ)
<作品評>
・気流
大分県別府市に実在する温泉熱利用ワニ園の建替の仮想計画である。地域に伝わる合掌造りの”湯の花小屋”をモチーフとした膜構造の屋根を連続させて、地域の環境ポテンシャルを活かした温泉複合施設として再生する試みである。屋根による光や風・熱の調整、温泉熱の利用などを提案している。一方で、社会人部門の設計提案としては、技術的なディテールの検討や定量的な評価までは至っていない点に物足りなさが残った。(高瀬)
チャレンジ部門 優秀賞
◆次世代環境建築にむけてーCFDと機械学習で実現する自然換気
内田 橘花(株式会社日建設計 環境デザイン室)
塚田 眞基(株式会社日建設計 DEL部)
永瀬 修(株式会社日建設計 環境デザイン室)
<作品評>
・気流
小学校を題材に、数十パターンのCFDシミュレーション結果を活用して、機械学習によって様々な開口パターンでの通風効果を短時間で高い精度で予測するという、学術研究寄りの提案である。設計時に効率的に数多くの気象条件や開口の開閉パターンを検討できるというだけでなく、運用時の実測データも活用することでデータベースを進化させながらより精度の高いリアルタイム通風量予測を行うことができる点、結果データを3D空間上にマッピングして建物利用者にとって風の流れを直感的にイメージしやすくする提案など、通風利用時の課題を解決するためのアイデアが盛り込まれていた。パッシブ手法を誰にとっても身近にするための提案として、高い評価を得た。(高瀬)
・気流
CFD解析結果を学習データとする機械学習により自然換気による室温の予測を行うものであり、具体の機械学習アルゴリズム等情報が不足しているものの、平均で1℃未満という実用上問題の無い精度での予測が可能なモデルを構築している。また、建物の運用フェーズで蓄積されていく物理環境データを用いて機械学習モデルを成長させていく、という運用方法を提案しており、これには様々な課題はあると考えられる一方で、情報化建築の一つの形を示したものといえる。(石田)
※総得点順に掲載